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東京地方裁判所 平成8年(行ウ)49号 判決 1999年3月30日

東京都新宿区大久保二丁目三二番七号丸井荘

原告

疋田陽一

東京都小金井市東町四丁目三三番一四号

原告

疋田雅敏

東京都東大和市桜が丘三丁目四四番地の一四桜が丘団地七-四〇六号

原告

池田喜代

東京都中野区上高田五丁目五番二-一〇二号

原告

上島明子

右四名訴訟代理人弁護士

浜口武人

東京都武蔵野市吉祥寺本町三丁目二七番一号

被告

武蔵野税務署長 堀之内建二

東京都新宿区北新宿一丁目一九番三号

被告

新宿税務署長 飯嶋一司

東京都立川市高松町二丁目二六番一二号

被告

立川税務署長 吉原利弘

東京都中野区中野四丁目九番一五号

被告

中野税務署長 小林孝雄

右四名指定代理人

大圖明

内田健文

佐藤大助

荒川政明

栗原牧彦

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告武蔵野税務署長が亡疋田繁次郎に対し平成五年七月二九日付けでした、同人の平成四年分の所得税に係る更正及び過少申告加算税賦課決定のうち分離短期譲渡所得以外の総所得金額五五万円、納付すべき税額六四一万七六〇〇円、過少申告加算税九三万七二〇〇円を超える部分を取り消す。

二  被告新宿税務署長が原告疋田陽一に対し平成六年六月二九日付けでした、同原告の平成四年分の所得税に係る更正及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

三  被告武蔵野税務署長が原告疋田雅敏に対し平成五年九月六日付けでした、同原告の平成四年分の所得税に係る更正のうち所得金額九三二万五八二八円、納付すべき税額一二八万七一〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

四  被告立川税務署長が原告池田喜代に対し平成六年一一月一八日付けでした、同原告の平成四年分の所得税に係る決定のうち所得金額二三二万一〇〇〇円、納付すべき税額八万九二〇〇円を超える部分及び無申告加算税賦課決定を取り消す。

五  被告中野税務署長が原告上島明子に対し平成六年七月八日付けでした、同原告の平成四年分の所得税に係る決定及び無申告加算税賦課決定を取り消す。

第二事案の概要

本件は、民事調停における調停条項に「解決金」として表示された金員を受領した原告ら及びその父親が、右金員は所得税法(以下「法」という。)九条一項一六号に規定する非課税所得たる「損害賠償金」に該当するとして、右金員に係る所得につき申告しなかったところ、被告らから、一時所得として、それぞれ更正及び過少申告加算税賦課決定あるいは決定及び無申告加算税賦課決定を受けたため、その取消しを求めているものである。

一  関係法令の定め

1  法は、非永住者以外の居住者に対して、すべての所得について所得税を課するものとしている(法七条一項一号)が、心身に加えられた損害につき支払を受ける慰謝料その他の損害賠償金、不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金、心身又は資産に加えられた損害につき支払を受ける相当の見舞金及びこれらに類する所得については、所得税を課さないこととしている(法九条一項一六号、所得税法施行令三〇条)。

2  譲渡所得とは、資産の譲渡(建物又は構築物の所有を目的とする地上権又は賃借権の設定等を含む。)に係る所得をいう(法三三条一項)。

3  一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう(法三四条一項)。

二  争いのない事実等

1  当事者等(甲第一号証の一、第一八、第一九号証、乙第二号証の一、二、第一二、第一三号証)

(一) 原告らは、いずれも亡疋田繁次郎(以下「亡繁次郎」という。)と亡疋田ナツ(以下「亡ナツ」という。)との間の子であり、原告疋田陽一(以下「原告陽一」という。)は長男、原告疋田雅敏(以下「原告雅敏」という。)は次男、原告池田喜代(以下「原告喜代」という。)は次女、原告上島明子(以下「原告明子」という。)は三女である。

(二) 亡繁次郎は、もと別紙物件目録(一)記載一の土地(以下「本件土地」という。)及び同目録記載二の建物(以下「本件建物」といい、本件土地と合わせて「本件土地建物」という。)を所有し、それに居住していた。なお、本件土地建物については、いずれも贈与を原因として、昭和二六年七月一七日受付をもって、本件土地は原告陽一名義、本件建物は亡ナツ名義に、それぞれ所有権移転登記が経由された。

(三) 亡ナツは昭和四九年五月二九日死亡し、亡繁次郎及び原告らが相続し、亡繁次郎は平成七年九月一〇日死亡し、亡繁次郎の平成四年分の所得税に係る更正及び過少申告加算税賦課決定に対する審査請求人の地位は、原告陽一が承継した。

2  亡繁次郎及び原告らと太平信用金庫(以下「太平信金」という。)との間の民事調停成立までの経緯(甲第三、第四号証、第五号証の一、二、第一八ないし第一九号証、乙第一号証、第二号証の一、二、第三ないし第一三号証)

(一) 太平信金は、昭和三一年六月二二日、亡繁次郎が代表取締役をしていた株式会社三幸商店(以下「三幸商店」という。)を債務者、亡繁次郎を連帯保証人、亡ナツ及び原告陽一を担保提供者として、次の内容の根抵当金銭貸借契約公正証書を作成した(以下右公正証書に係る契約を「本件契約」という。)。

(1) 太平信金は、三幸商店に対し、二〇〇万円を限度として、三幸商店の振出、裏書、引受した各種手形及び小切手の割引融通、金銭の貸付等を行う。

(2) 三幸商店は、一回でも各取引債務元利金の支払を遅滞したときは、各取引債務全部につき支払期限の利益を失い、即時現存債務全額を完済しなければならない。

(3) 原告陽一及び亡ナツは、太平信金に対し、この契約上の取引により既に発生し又は将来発生すべき債務の履行を担保するため、二〇〇万円を限度として、原告陽一は本件土地につき、亡ナツは本件建物につき、それぞれ順位一番の根抵当権を設定する。

(4) 原告陽一及び亡ナツは、三幸商店が債務を履行しないときは、太平信金の任意選択により、根抵当権の実行に代え、根抵当物件の価格を限度額二〇〇万円と同額とみなし、即時代物弁済として充当決済されても異議がないことを予約した。右代物弁済による決済は、太平信金より担保物件の所有権を取得した旨を内容証明書留郵便により通知することをもって足りるものとする。

(5) 原告陽一及び亡ナツは、代物弁済後太平信金から所有権移転登記の要求を受けたときは、異議なくこれに応じ、協力してその手続を履践することを約した。

(6) 原告陽一及び亡ナツは、あらかじめ登記に必要な委任状、権利証書その他必要な書類を太平信金に交付しておき、太平信金において適宜代理人を選任して登記手続を代行させることに異議を述べない。

(二) 太平信金は、本件契約締結と同日である昭和三一年六月二二日、本件土地建物につき、同日停止条件付代物弁済契約を原因、同日根抵当の債務不履行を条件とする停止条件付所有権移転仮登記(以下「本件仮登記」という。)を経由した。

(三) 太平信金は、昭和三二年七月一二日受付にて、本件土地建物につき、条件成就(債務不履行)を原因とする所有権移転登記(以下「本件本登記」という。)を経由し、昭和三三年四月一〇日、本件契約に基づき、原告陽一に対し内容証明郵便により、本件土地建物の所有権取得を通知した(以下「本件通知」という。)。

なお、本件通知後も、亡繁次郎は本件土地建物に居住を継続し、本件土地建物に係る固定資産税は太平信金が負担していたが、太平信金は、亡繁次郎から本件土地建物の使用料等は一切受け取っていなかった。

(四) 亡繁次郎は、昭和三九年六月一五日付けで、太平信金に対し、本件土地にマンションを建設することを計画しており、その利益の中から借入金相当額を弁済する予定であること、右返済までの本件土地建物の使用料(利息)について最低率をもって決定してもらいたい旨を記載した「請願書」(以下「本件請願書」という。乙第四号証)を提出し、昭和四〇年三月二九日付けで、太平信金に対し、本件土地建物を買い戻すために支払う金額が四八一万三三七二円であることについての「証明願」を提出し、太平信金から右証明(以下「本件証明書」という。乙第五号証)を得るとともに、右金額のほか登録免許税、売買に係る所得税及びその他物件売買に必要な諸手数料等はすべて亡繁次郎が負担する旨の「念書」(以下「本件念書」という。乙第六号証)を太平信金に差し入れ、太平信金も右条件で本件土地建物を返還することに合意した。しかし、亡繁次郎のマンション建設計画は、周辺住民の反対等により頓挫し、本件土地建物の返還に関する件は白紙に戻った。

(五) 昭和五三年ころ、太平信金は、監督官庁である大蔵省関東財務局(以下「財務局」という。)から、本件土地建物を処分することなく長期間にわたっていることは問題であるとの指摘を受け、財務局に対し、同年一二月一二日付けでそれまでの経緯及び整理を促進する方針である旨を記載した報告書を提出している。

(六) その後も、亡繁次郎と太平信金との間で、本件土地建物につき協議が重ねられ、平成二年七月ころからは、原告陽一も右話し合いに加わるようになった。当初は、亡繁次郎の側で太平信金に金銭を支払って、本件土地建物の登記名義を亡繁次郎側に戻す方向での協議が行われていたが、協議の結果、太平信金から亡繁次郎側に金銭を支払い、亡繁次郎側において本件土地建物の所有権が太平信金にあることを認めて、本件土地建物を太平信金に明け渡すという方向で解決を図ることが合意され、平成三年一〇月二五日、太平信金は、亡繁次郎、原告ら及び本件土地上に別紙物件目録(二)記載二の建物(以下「中村所有建物」という。)を所有していた中村恭子(以下「中村」という。)を相手方とし、本件土地建物が太平信金の所有であることの確認、亡繁次郎及び原告雅敏については本件建物から退去し、原告喜代については本件土地上の別紙物件目録(二)記載一の建物(以下「原告喜代所有建物」という。)を収去して、中村については中村所有建物を収去して、それぞれ本件土地を明け渡すことを求めて武蔵野簡易裁判所に民事調停(同裁判所平成三年(ユ)第一〇二号所有権確認等請求調停申立事件。以下「本件調停」といい、本件調停の調停条項を「本件調停条項」という。)を申し立てた(なお、本件調停の申立てが、太平信金、原告陽一のいずれの希望により申し立てられることとなったかという点については、争いがある。)。

(七) 平成四年九月九日、本件調停につき、申立人である太平信金と相手方である亡繁次郎、原告ら及び中村との間で、次の内容の調停が成立し(乙第九号証)、太平信金は、同日、本件調停条項に定められた「本件解決金」と表示された金員(以下「本件解決金」という。)の一部を支払い、同年一二月二四日、残金を支払った。なお、本件解決金の総額は、本件土地の近隣地価公示標準地の平成三年度公示価格に基づき算定した本件土地の価格の半額として算定、合意されたものである。

(1) 亡繁次郎、原告ら及び中村は、太平信金に対し、本件土地建物が太平信金の所有であることを確認する。

(2) 亡繁次郎は、太平信金に対し、平成五年三月一〇日限り、太平信金から、後記(6)<1>に基づき八〇〇〇万円を受領するのと引換えに、本件建物から退去して本件土地を明け渡す。

(3) 原告雅敏は、太平信金に対し、平成五年三月一〇日限り、太平信金から、後記(6)<2>に基づき三一二〇万円を受領するのと引換えに、本件建物から退去して本件土地を明け渡す。

(4) 原告喜代は、太平信金に対し、平成五年三月一〇日限り、太平信金から、後記(6)<3>に基づき三一二〇万円を受領するのと引換えに、原告喜代所有建物を収去して本件土地を明け渡す。

(5) 中村は、太平信金に対し、平成五年三月一〇日限り、太平信金から、後記(6)<4>に基づき四四八万円を受領するのと引換えに、中村所有建物を収去して本件土地を明け渡す。

(6) 太平信金は、亡繁次郎、原告ら及び中村に対し、本件解決金として合計二億六一六〇万円を、次のとおりの方法で持参又は送金して支払う。

<1> 亡繁次郎に対し、一億円。

うち二〇〇〇万円は平成四年九月九日限り支払い、残金八〇〇〇万円は平成五年三月一〇日限り、前記(2)の本件土地明渡と引換えに支払う。

<2> 原告雅敏に対し、三九〇〇万円。

うち七八〇万円は平成四年九月九日限り支払い、残金三一二〇万円は平成五年三月一〇日限り、前記(3)の本件土地明渡と引換えに支払う。

<3> 原告喜代に対し、三九〇〇万円。

うち七八〇万円は平成四年九月九日限り支払い、残金三一二〇万円は平成五年三月一〇日限り、前記(4)の本件土地明渡と引換えに支払う。

<4> 中村に対し、五六〇万円。

うち一一二万円は平成四年九月九日限り支払い、残金四四八万円は平成五年三月一〇日限り、前記(5)の本件土地明渡と引換えに支払う。

<5> 原告陽一及び原告明子に対し、各三九〇〇万円。

うち各七八〇万円は平成四年九月九日限り支払い、残金各三一二〇万円は平成五年三月一〇日限り、亡繁次郎、原告雅敏、原告喜代及び中村が、前記(2)ないし(5)の本件土地明渡を完了するのと引換えに支払う。

(八) 太平信金は、平成五年一月二七日ころ、亡繁次郎、原告ら及び中村に対し、本件調停に基づいて支払った本件解決金につき、平成四年分不動産等の譲受けの対価の支払調書(以下「本件支払調書」という。)を送付したが、本件支払調書には、「物件」として、本件土地建物、原告喜代所有建物及び中付所有建物が表示され、解決年月日として本件調停成立日である平成四年九月九日、支払金額として亡繁次郎、原告ら及び中村のそれぞれに支払われた本件解決金の額、摘要欄には「調停解決金」との記載がされていた。

(九) 亡繁次郎、原告ら及び中村は、連名にて、平成五年三月九日、太平信金理事長宛に、本件解決金が、「あくまでも太平信金の過去における不当な処置によって当方の蒙った物質的、精神的損害等に対する補償の目的で支払われた損害賠償金であること」は明らかであり、本件調停条項において「損害賠償金を解決金なる文言で表現したことは、貴金庫における業務処理上の事由に当方が配慮したものであり、実質損害賠償金であることは、双方確認の上、調停成立に至ったものであります。」とした上で、「平成四年九月九日、同年一二月二四日、貴金庫と私共との間に行われた総額弐億六千壱百六拾万円也の金銭の授受は平成四年九月九日、武蔵野簡易裁判所において成立した調停条項に基く解決金(損害賠償金)である」旨の確認を求める確認依頼書を提出し、同日付けで、右確認依頼書に、「上記のとおり確認いたします。」との記載と太平信金代表理事の記名押印を得たもの(以下「本件確認書」という。)を武蔵野税務署に提出した。

3  課税処分及び不服申立ての経緯(甲第一、第二号証の各一ないし五、第六号証の一、第九ないし第一五号証、第一六号証の一ないし五)

亡繁次郎及び原告らに対する課税処分及びこれらに対する不服申立ての経緯は、別表一ないし五記載のとおりであり、その具体的詳細は次のとおりである。

(一) 亡繁次郎、原告陽一及び原告雅敏は、それぞれ別表一ないし三の順号1記載のとおり、平成四年分の所得税の確定申告を行ったが、右各確定申告において、本件解決金を所得金額に含めていなかった。また、原告喜代及び原告明子は、平成四年分の所得税の確定申告をしていなかった。

(二) 被告武蔵野税務署長は、亡繁次郎に対し、平成五年七月二九日付けで、別表一の順号2記載のとおり、平成四年分の所得税の更正(以下「亡繁次郎に係る本件更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「亡繁次郎に係る本件賦課決定」といい、亡繁次郎に係る本件更正と合わせて「亡繁次郎に係る本件各処分」という。)をし、原告雅敏に対し、同年九月六日付けで、別表三の順号2記載のとおり、平成四年分の所得税の更正(以下「原告雅敏に係る本件更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「原告雅敏に係る本件賦課決定」といい、原告雅敏に係る本件更正と合わせて「原告雅敏に係る本件各処分」という。)をした。

被告新宿税務署長は、原告陽一に対し、平成六年六月二九日付けで、別表二の順号2記載のとおり、平成四年分の所得税の更正(以下「原告陽一に係る本件更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「原告陽一に係る本件賦課決定」といい、原告陽一に係る本件更正と合わせて「原告陽一に係る本件各処分」という。)をした。

被告中野税務署長は、原告明子に対し、平成六年七月八日付けで、別表五の順号2記載のとおり、平成四年分の所得税の決定(以下「原告明子に係る本件決定」という。)及び無申告加算税賦課決定(以下「原告明子に係る本件賦課決定」といい、原告明子に係る本件決定と合わせて「原告明子に係る本件各処分」という。)をした。

被告立川税務署長は、原告喜代に対し、平成六年一一月一八日付けで、別表四の順号2記載のとおり、平成四年分の所得税の決定(以下「原告喜代に係る本件決定」という。)及び無申告加算税賦課決定(以下「原告喜代に係る本件賦課決定」といい、原告喜代に係る本件決定と合わせて「原告喜代に係る本件各処分」という。)をした。

(三) 亡繁次郎及び原告らは、それぞれ、各人に係る(二)記載の各処分(以下これらを合わせて単に「本件各処分」という。)を不服として、別表一ないし五の各順号3記載のとおり、異議申立てをしたところ、別表一ないし五の各順号4記載のとおり、いずれも棄却されたため、別表一ないし五の各順号5記載のとおり、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたが、いずれも平成七年一二月一四日付けで棄却され、右各裁決書謄本が亡繁次郎の承継人である原告陽一及び原告らに同月二一日付けで送付されたため、原告らは、平成八年三月一九日、本件訴えを提起した。

4  本件各処分の根拠

本件各処分の根拠は以下のとおりであり、これらのうち、本件調停条項に基づき太平信金から亡繁次郎及び原告らに支払われた本件解決金を、亡繁次郎及び原告らの一時所得とする点を除き、前提事実及び計算過程につき、当事者間に争いはない。

(一) 亡繁次郎に係る本件各処分の根拠

被告武蔵野税務署長は、次の根拠に基づき、亡繁次郎に係る本件各処分を行った。

(1) 亡繁次郎に係る本件更正の根拠

<1> 一時所得の金額 九九五〇万円

本件調停条項に基づき太平信金から亡繁次郎に支払われた亡繁次郎に係る本件解決金一億円を総収入金額とし、右総収入金額から亡繁次郎が右総収入金額を得るために支出した金額〇円及び法三四条三項に規定する一時所得の特別控除額五〇万円を控除した金額である。

<2> 事業所得の金額 五五万円

亡繁次郎に係る平成四年分の所得税の確定申告書に記載された金額である。

<3> 総所得金額 五〇三〇万円

前記<1>の一時所得の金額九九五〇万円の二分の一に相当する金額(法二二条二項二号)である四九七五万円と前記<2>の事業所得の金額五五万円の合計額である。

<4> 分離課税の短期譲渡所得の金額 一二一三万二八〇〇円

亡繁次郎が平成四年八月二四日に土地を譲渡した金額三〇〇〇万円を総収入金額、当該土地を昭和六二年一二月四日に取得した金額一七七五万〇二〇〇円に不動産取得税の額九万七〇〇〇円を加算した一七八四万七二〇〇円を取得費、当該土地譲渡の際に作成した不動産売買契約書に貼付した収入印紙の額二万円を譲渡に要した費用の額とし、総収入金額三〇〇〇万円から取得費一七八四万七二〇〇円及び譲渡に要した費用の額二万円を控除した金額である。

<5> 納付すべき税額 二七三五万二六〇〇円

前記<3>の総所得金額五〇三〇万円と前記<4>分離課税の短期譲渡所得の金額一二一三万二八〇〇円の合計額六二四三万二八〇〇円を課税標準とし、法の規定に従い、算出される金額である。

(2) 亡繁次郎に係る本件賦課決定の根拠

亡繁次郎に係る本件更正により、亡繁次郎が新たに納付すべきこととなった税額二七四七万円(国税通則法(以下「通則法」という。)一一八条三項にょり一万円未満の端数を切り捨てたものに通則法六五条一項の規定に基づき一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額二七四万七〇〇〇円に、同条二項の規定に基づき、右二七四七万円のうち五〇万円を超える部分に相当する金額二六九七万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額一三四万八五〇〇円を加算した金額四〇九万五五〇〇円が、亡繁次郎に係る過少申告加算税の金額となる。

(二) 原告陽一に係る本件各処分の根拠

被告新宿税務署長は、次の根拠に基づき、原告陽一に係る本件各処分を行った。

(1) 原告陽一に係る本件更正の根拠

<1> 一時所得の金額 三八五〇万円

本件調停条項に基づき太平信金から原告陽一に支払われた原告陽一に係る本件解決金三九〇〇万円を総収入金額とし、右総収入金額から原告陽一が右総収入金額を得るために支出した金額〇円及び法三四条三項に規定する一時所得の特別控除額五〇万円を控除した金額である。

<2> 総所得金額 一九二五万円

前記<1>の一時所得の金額三八五〇万円の二分の一に相当する金額(法二二条二項二号)である。

<3> 納付すべき税額 五六六万円

前記<2>の総所得金額一九二五万円を課税標準とし、法の規定に従い、算出される金額である。

(2) 原告陽一に係る本件賦課決定の根拠

原告陽一に係る本件更正により、原告陽一が新たに納付すべきこととなった税額五六六万円に通則法六五条一項の規定に基づき一〇〇分の一の割合を乗じて算出した金額五六万六〇〇〇円に、同条二項の規定に基づき、右五六六万円のうち五〇万円を超える部分に相当する金額五一六万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額二五万八〇〇〇円を加算した金額八二万四〇〇〇円が、原告陽一に係る過少申告加算税の金額となる。

(三) 原告雅敏に係る本件各処分の根拠

被告武蔵野税務署長は、次の根拠に基づき、原告雅敏に係る本件各処分を行った。

(1) 原告雅敏に係る本件更正の根拠

<1> 一時所得の金額 三八五〇万円

本件調停条項に基づき太平信金から原告雅敏に支払われた原告雅敏に係る本件解決金三九〇〇万円を総収入金額とし、右総収入金額から原告雅敏が右総収入金額を得るために支出した金額〇円及び法三四条三項に規定する一時所得の特別控除額五〇万円を控除した金額である。

<2> 給与所得の金額 九三二万五八二八円

原告雅敏に係る平成四年分の所得税の確定申告書に記載された金額である。

<3> 総所得金額 二八五七万五八二八円

前記<1>の一時所得の金額三八五〇万円の二分の一に相当する金額(法二二条二項二号)である一九二五万円と前記<2>の給与所得の金額九三二万五八二八円の合計額である。

<4> 納付すべき税額 八一〇万一四〇〇円

前記<3>の総所得金額二八五七万五八二八円を課税標準とし、法の規定に従い、算出される金額である。

(2) 原告雅敏に係る本件賦課決定の根拠

原告雅敏に係る本件更正により、原告雅敏が新たに納付すべきこととなった税額八一〇万円(通則法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨てたもの)に通則法六五条一項の規定に基づき一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額八一万円に、同条二項の規定に基づき、右八一〇万円のうち期限内申告税額に相当する金額一二七万七一〇〇円(通則法六五条二項、三項二号)を超える部分に相当する金額六八二万(通則法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨てたもの)に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額三四万一〇〇〇円を加算した金額一一五万一〇〇〇円が、原告雅敏に係る過少申告加算税の金額となる。

(四) 原告喜代に係る本件各処分の根拠

被告立川税務署長は、次の根拠に基づき、原告喜代に係る本件各処分を行った。

(1) 原告喜代に係る本件決定の根拠

<1> 一時所得の金額 三八五〇万円

本件調停条項に基づき太平信金から原告喜代に支払われた原告喜代に係る本件解決金三九〇〇万円を総収入金額とし、右総収入金額から原告喜代が右総収入金額を得るために支出した金額〇円及び法三四条三項に規定する一時所得の特別控除額五〇万円を控除した金額である。

<2> 給与所得の金額 二三二万一〇〇〇円

<3> 総所得金額 二一五七万一〇〇〇円

前記<1>の一時所得の金額三八五〇万円の二分の一に相当する金額(法二二条二項二号)である一九二五万円と前記<2>の給与所得の金額二三二万一〇〇〇円の合計額である。

<4> 納付すべき税額 六〇八万九八〇〇円

前記<3>の総所得金額二一五七万一〇〇〇円を課税標準とし、法の規定に従い、算出される金額である。

(2) 原告喜代に係る本件賦課決定の根拠

原告喜代に係る本件決定により、原告喜代が新たに納付すべきこととなった税額六〇八万円(通則法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨てたもの)に通則法六六条一項の規定に基づき一〇〇分の一五の割合を乗じて算出した金額九一万二〇〇〇円が、原告喜代に係る無申告加算税の金額となる。

(五) 原告明子に係る本件各処分の根拠

被告中野税務署長は、次の根拠に基づき、原告明子に係る本件各処分を行った。

(1) 原告明子に係る本件決定の根拠

<1> 一時所得の金額 三八五〇万円

本件調停条項に基づき太平信金から原告明子に支払われた原告明子に係る本件解決金三九〇〇万円を総収入金額とし、右総収入金額から原告明子が右総収入金額を得るために支出した金額〇円及び法三四条三項に規定する一時所得の特別控除額五〇万円を控除した金額である。

<2> 総所得金額 一九二五万円

前記<1>の一時所得の金額三八五〇万円の二分の一に相当する金額(法二二条二項二号)である一九二五万円と同額である。

<3> 納付すべき税額 五六六万円

前記<2>の総所得金額一九二五万円を課税標準とし、法の規定に従い、算出される金額である。

(2) 原告明子に係る本件賦課決定の根拠

原告明子に係る本件決定により、原告明子が新たに納付すべきこととなった税額五六六万円に通則法六六条一項の規定に基づき一〇〇分の一五の割合を乗じて算出した金額八四万九〇〇〇円が、原告明子に係る無申告加算税の金額となる。

三  争点

1  本件解決金の所得区分

(披告ら)

本件解決金は、以下のとおり、一時所得に該当する。

(一) 太平信金は、監督官庁である財務局から事業用以外の土地等を所有し続けることは金融機関として問題であるとの指摘を受けたことから、本件土地を換価処分する必要に迫られたため、亡繁次郎、原告ら及び中村に本件土地から早期に立ち退いてもらうための立退料及び本件土地建物についての問題解決を放置していたことに対する紛争解決金を支払うこととし、他方、亡繁次郎、原告ら及び中村側には、長年にわたり地代を支払うことなく居住又は所有していた建物から退去することにより居住者又は所有者としての事実上の利益を失うことに対する補償金として解決金を受け取ったものであるから、本件解決金は、本件土地を巡る紛争を早期に解決するためのいわゆる紛争解決金あるいは立退料という性質を有する。

(二) 一般に借家人が家屋の立退きに際し受けるいわゆる立退料は、その性質によって、借家権の消滅の対価たる性質を有するものは譲渡所得に、移転による休業等に伴う収益の補償的性質を有するものは事業所得に、その他のものは一時所得に、それぞれ所得区分される(所得税基本通達33-6、34-1の(7))ところ、本件解決金は、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」(法三四条一項)に該当し、借家人が家屋の立退きに際し受けるいわゆる立退料のうち、借家権の消滅の対価たる性質を有するもの及び収益の補償的性質を有するもの以外のものに該当するので、一時所得に該当することは明らかである。

(原告ら)

(一) 本件解決金は、太平信金の亡繁次郎及び原告らに対する不法行為に基づく損害賠償金として支払われたものであり、法九条一項一六号に規定する非課税所得に該当する。

(1) 太平信金の不法行為

太平信金は、本件契約において定められた担保提供の内容は、代物弁済の予約及び根抵当権の設定であったにもかかわらず、亡ナツ及び原告陽一から預かった登記済証、白紙の登記委任状及び印鑑登録証明書を冒用して、停止条件付代物弁済契約を原因とする本件仮登記を経由し、さらに、三幸商店において、本件契約に定められた期限の利益喪失事由が発生していないにもかかわらず、また、本件契約で定められた内容証明郵便による担保提供者に対する所有権取得の通知という手続をとることなく、当時の太平信金武蔵境支店支店長であった吉野栄一(以下「吉野支店長」という。)において、亡繁次郎外出中に、亡ナツに対し、本件土地建物を三幸商店の債権者から守るために必要である旨告げて、亡ナツを欺罔して、亡ナツから、亡ナツ及び原告陽一名義の白紙の登記委任状及び印鑑登録証明書を預かり、これらを用いて本件本登記を経由した。太平信金の本件仮登記及び本件本登記に係る右各行為は不法行為に該当し、これにより、亡繁次郎、亡ナツ、原告らは、物心両面の損害を被ったが、本件土地に係るものだけでも、本件本登記当時の三幸商店の太平信金に対する債務額は本件土地価格の二分の一に満たないものであったから、少なくとも本件土地の二分の一に相当する損害を被った。

(2) 亡繁次郎と太平信金との交渉経緯

本件本登記の事実を知った亡繁次郎は、太平信金に対して抗議したところ、当時の太平信金の理事長であった秋本敏男は、将来貸付金元利金が完済されれば、本件土地建物を買戻しの形で登記を戻す旨約束したため、亡繁次郎は、まず借入金弁済のための努力を重ねたのであり、本件請願書は、そのような状況のもとで作成、提出されたものである。

亡繁次郎は、太平信金に対し、繰り返し、話合い解決の申し入れを行ったが、あくまでも錯誤無効等の原因による本件本登記の抹消ないし買戻し等の原因による亡繁次郎側への所有権移転登記を求める亡繁次郎側とそれに消極的態度をとり金銭解決を主張する太平信金側とで意見が対立し、交渉は長期化したが、平成三年春ころ、太平信金側から、「金銭解決であれば最善の努力をする。」との提案がされ、亡繁次郎及び平成二年七月ころから交渉に加わっていた原告陽一において、「太平信金側がその非を認め、損害賠償金として支払うというのであれば金銭解決に応ずる。」旨回答したところ、太平信金側も「損害賠償金として支払う。これは課税対象とはならない。」旨表明したので、金額面の交渉に入り、当初、亡繁次郎及び原告陽一は、亡繁次郎、亡ナツ及び原告らが被った有形、無形の損害の賠償を求めていたが、太平信金が難色を示したため、損害賠償の対象を本件土地に絞ることとし、原告陽一が、本件土地と条件が共通する公示地の公示価格に基づいて算出した本件土地の価格の二分の一の金額を支払うよう妥協案を提案したところ、太平信金側もこれに同意し、双方の基本的な合意が成立した。

(3) 本件調停の経緯

右基本的な合意の成立を受け、太平信金側から、内部処理上、正当な支出と認められるよう太平信金の側から民事調停の申立てをしたいとの意向が示されたため、亡繁次郎及び原告陽一もこれを了承し、本件調停が申し立てられることとなったが、太平信金が提示した調停条項案では、「和解金」との表示になっていたため、亡繁次郎及び原告らにおいて、「損害賠償金」と明記することを要求したところ、太平信金側は、「会計処理上、損害賠償金という表現は避けたい。実質的には損害賠償金の性質を有するものである。」と回答し、結局、表現は「解決金」とするが、その性質は「損害賠償金」であることを、調停委員の面前で双方が口頭で確認し、調停成立に至ったものである。

(4) 本件調停成立後の経緯

太平信金から本件支払調書の送付を受けた亡繁次郎が武蔵野税務署に納税申告の相談に行ったところ、係官から調停成立時に所有権が太平信金に移転したものとして譲渡所得になるのではないかとの見解が示されたため、原告陽一は、太平信金に対し、本件確認書の作成を求め、それを得て武蔵野税務署に提出した。

(二) 仮に、本件解決金が法九条一項一六号に規定する損害賠償金に該当しないとしても、本件解決金は、不動産等の譲渡所得に該当する。

(1) 本件調停の申立書には、申立ての理由として、亡繁次郎が本件土地建物に係る代物弁済の無効を主張してきたことが記載され、本件調停条項においては、本件土地建物が太平信金の所有であることを確認するとしているが、太平信金から支払われる金員を「解決金」と表現し、本件調停の申立書に記載された「和解金」、「立退料」という表現では合意できなかったのであるから、本件調停の成立によって、本件土地建物の所有権が確定的に太平信金に移転したものというべきであり、本件解決金は右所有権移転の対価に当たる。

(2) すなわち、原告陽一は、本件土地所有者兼亡ナツの相続人として、原告喜代は原告喜代所有建物所有者兼亡ナツの相続人として、亡繁次郎及び他の原告は亡ナツの相続人として、中村は中村所有建物の所有者として、それぞれ不動産譲渡の対価として本件解決金の支払を受けたものであり、このようにみれば、居住者ではない原告陽一、原告明子に対して本件解決金が支払われている理由も説明がつく。

(3) 現に、太平信金も、本件解決金を「不動産等の譲受けの対価」として税務処理し、その旨明記した本件支払調書を交付し、武蔵野税務署もこの処理を是認し、現在に至っても、この処理を改めていない。

2  信義則違反、手続上の違法の有無

(原告ら)

(一) 亡繁次郎、原告陽一、原告雅敏は、いずれも、納税申告に先立って、それぞれ所轄の税務署に相談し、その指導に従って申告書を作成して提出し、受理されている。

また、原告喜代、原告明子は、本件解決金を損害賠償金とした右三名の申告書が税務署と相談した上で受理された事実を知り、本件解決金に係る所得は非課税の性質のものと認識し、納税申告を行わなかったものである。

(二) しかるに、被告らは、太平信金に対する反面調査を行っただけで、本来原則的に実施すべき納税者本人に対する調査を全く行うことなく、太平信金の一方的な説明を鵜呑みにして、亡繁次郎及び原告らに対し、修正申告の機会を与えることもなく、全く不意打ち的に本件各処分を行ったのであり、租税法律関係における信義則に反していることは明らかである。

(三) 本件各処分は、右に述べたように、納税者本人に対し必要な調査を行わず、反面調査のみに基づき、修正申告の権利を行使する機会も与えることなく不意打ち的になされたものであり、本件各処分には、申告納税主義及び租税法律関係における民主主義の要請に反する手続上の違法がある。

(四) また、太平信金が本件解決金を「不動産等の譲受けの対価」とした本件支払調書を所轄税務署に提出しているのであり、仮にこれを正当と認めれば、本件解決金に係る所得は譲渡所得に当たり、一時所得と認定することができないにもかかわらず、被告らはこれを全く無視し、何らの調査を行うこともなく本件各処分を行ったのであるから、その手続には調査不尽、採証法則違反の違法がある。

(被告ら)

(一) 税務当局が行う税務相談は、行政サービスの一環として行われるもので、具体的な課税処分とは関係はなく、税務当局が公式の見解を表明するものでもない。また、税務当局が納税者の提出した申告書を受理することは申告納税制度上、当然のことであって、受理することにより当該申告内容が適正なものとして認められたことになるものではない。

(二) 通則法二四条、二六条、二七条等の規定にいう税務調査の範囲、程度及び手段については、すべて税務署長及び国税庁又は国税局の職員の決するところに委ねられており、右調査が実質的に不十分であったとしてもそのこと自体は更正処分の違法原因にはならない。

四  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三争点に対する判断

一  本件解決金の所得区分(争点1)について

1  本件解決金の趣旨について

(一) 前記争いのない事実等記載のとおり、亡繁次郎は、本件土地建物につき本件本登記が経由された後において、本件土地建物につき太平信金が所有権を取得したことを前提とし、太平信金に対してその買戻しを願い出る趣旨の昭和三九年六月一五日付けの本件請願書及び昭和四〇年三月二九日付けの本件念書を差し入れ、同日付けの本件証明書の発行を受けていること並びにそれらの記載内容に照らし、少なくとも、本件請願書及び本件念書を差し入れ、本件証明書の発行を受けた昭和三九年又は昭和四〇年ころまでには、亡繁次郎においても、本件仮登記及び本件本登記が本件契約に基づいて経由されたものであり、太平信金が、本件契約に基づき、本件土地建物の登記名義を取得していることを認めていたものということができる。

そして、前記争いのない事実等及び弁論の全趣旨によれば、亡繁次郎は、本件土地建物のもと所有者であり、登記名義を亡ナツ、原告陽一に移転していたとはいえ、本件土地建物の実質的所有者として、本件契約の締結、本件本登記経由後の太平信金との交渉などに当たっており、本件土地建物に関しては、いわば、亡ナツ、原告陽一の代理人あるいは、亡ナツ死亡後は、その相続人らの代表者として行動し、亡ナツ、原告陽一及びその余の原告らもそれを是認していたものと認められる。

したがって、亡繁次郎が、本件仮登記及び本件本登記の効力を是認し、太平信金に対して本件請願書及び本件念書を差し入れ、本件証明書の発行を受けたということからすれば、本件仮登記経由の時点において、本件仮登記が本件契約に基づくものであることを亡繁次郎、亡ナツ及び原告陽一も是認していたものというべきであるし、また、本件契約に定められている所有権取得の通知は、原告陽一に対する本件通知がなされたのみであることは前記のとおりであるが、遅くとも本件請願書及び本件念書を提出し、本件証明書の発行を受けた時点までに、亡繁次郎、亡ナツ及び原告陽一は、いずれも、本件通知の内容を了知し、本件契約に基づき本件本登記が経由されていることを是認していたものということができる。

以上によれば、本件土地建物の所有権は、いずれも昭和三九年又は昭和四〇年ころまでに、亡繁次郎、亡ナツ及び原告陽一の意思に基づいて太平信金に移転され、本件仮登記及び本件本登記も実体的権利変動に符合するものとして、維持、存続されていたものであったということができる。

(二) この点につき、原告らは、本件仮登記は約定と異なるものであり、また、三幸商店には本件契約で定める期限の利益喪失事由は存していなかったにもかかわらず、吉野支店長が、亡繁次郎の外出中に、亡ナツを欺罔して、本件本登記手続に必要な書類の交付を受けたと主張し、原告雅敏、原告陽一の各本人尋問における供述中にも右主張に沿う内容を亡ナツから聞いた旨の供述部分が存する。

しかし、本件仮登記の原因が停止条件付代物弁済契約であるか又は代物弁済の予約であるかによって、仮登記による不動産所有権への制約に実質的差異は存しないのであり、この点が原告らの主張する不法行為による損害発生の理由になるものと解することはできない。また、本件本登記経由が三幸商店の債務不履行による期限の利益喪失前にされたことを窺わせる事情はないが、仮にそのような事情があったとしても、証拠(甲第一八号証、原告雅敏、原告陽一各本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件本登記が経由された日の前日である昭和三二年七月一一日に三幸商店が詐欺の被害に逢ったことが発覚し、取引先に対する説明と支援要請を行う必要が生じる事態となったこと、そのため、亡繁次郎が、全取引先を回って説明と支援要請を行ったこと等が認められるのであり、前記争いのない事実等記載のとおり、本件契約においては、原告陽一及び亡ナツは、あらかじめ登記に必要な委任状、権利証書その他必要な書類を太平信金に交付しておき、太平信金において適宜代理人を選任して登記手続を代行させることに異議を述べない旨定められていたこと、その後に本件本登記当時の債権残額の任意弁済がされたとの事情は認められないことをも併せ考えると、本件本登記当時において、三幸商店としては、本件本登記もやむを得ない程度の経営状態であったことが窺われ、本件請願書、本件念書の趣旨に徴すれば、昭和三九年ないし昭和四〇年までには、亡繁次郎と太平信金との間では本件契約に基づいて本件土地建物の所有権が太平信金に移転され、本件本登記も維持することとされていたものと解するほかなく、本件調停の時点において、太平信金に対する損害賠償請求権が生じていたと解することはできない。

(三) 前記争いのない事実等に照らせば、亡繁次郎が、本件仮登記及び本件本登記の無効等を主張して、本件土地建物についての太平信金の権利取得を争うようになったのは、昭和三二年七月以降、太平信金が本件土地建物の固定資産税を負担しながら、亡繁次郎が引き続き無償にて居住を継続していた状況の下で、昭和五三年ころ、監督官庁である財務局からの指摘を受けた太平信金が、本件土地建物につき換価処分を進めていく方針で臨むこととなったころからであると推認することができ、太平信金としては、監督官庁である財務局からの指摘を受けて本件土地建物の換価処分を進めなければならない立場に置かれていたにもかかわらず、本件土地建物を占有している亡繁次郎が本件仮登記及び本件本登記の効力を争う姿勢を示し始めたことにより、容易に本件土地建物の引渡しを受け、それを換価できる見通しが立たない状況に置かれていたものということができる。

そして、前記争いのない事実によれば、そのような状況の下で、原告陽一が亡繁次郎と太平信金との間の交渉に加わった後に、太平信金が亡繁次郎の側に金銭を支払い、亡繁次郎側が本件土地建物から退去するという方法により解決を図ること、その際に太平信金が支払う金額は、本件土地の近隣地価公示地の公示価格の二分の一の金額に本件土地の面積を乗じた金額とする旨の基本方針が合意され、最終的な合意成立の方法として、民事調停によることとされた結果、太平信金により本件調停が申し立てられ、亡繁次郎、原告ら及び中村において本件土地建物が太平信金の所有であることを確認し、亡繁次郎、原告雅敏、原告喜代及び中村において、太平信金から本件解決金の支払を受けるのと引き換えに本件土地を明け渡し、太平信金は、本件土地の明渡しを受けるのと引き換えに亡繁次郎、原告ら及び中村に対し本件解決金を支払う旨の本件調停が成立したものということができる。

2  本件解決金の所得区分について

(一) 右によれば、監督官庁である財務局からの指摘を受け、本件土地を換価処分する必要に迫られた太平信金は、亡繁次郎、原告ら及び中村において、本件本登記の無効の主張を撤回し、本件土地から早期に立ち退いてもらうための立退料及び紛争解決金として本件解決金を支払い、亡繁次郎、原告ら及び中村は、長年の紛争に終止符を打っための解決金及び地代の支払及び固定資産税の負担なしで居住又は所有していた建物から退去することにより居住者又は所有者としての事実上の利益を失うことに対する補償金として受け取ったものということができる。したがって、本件解決金が、譲渡所得たる性質を有するもの、事業所得たる収益の補償的性質を有するものに該当しないことは明らかというべきであり、本件解決金は、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」(法三四条一項)として一時所得に該当するものというべきである。

(二) この点につき、原告らは、本件仮登記及び本件本登記が経由された経緯及び本件調停の経緯に照らして、本件解決金が太平信金による不法行為に基づく損害の填補として支払われたものであると主張し、本件解決金が損害賠償金の性質を有するものであることは、本件調停成立の際に、太平信金側が口頭で確認し、その後、本件確認書を発行していることから明らかであるとする。しかし、既に説示した経緯に照らせば、亡繁次郎から本件本登記が無効であり、本件土地建物の所有権は太平信金に移転していない旨の説明を繰り返し聞かされていた原告陽一の主観的理解はともかくとして、客観的にみて、本件解決金が、本件仮登記あるいは本件本登記の無効を前提として、原告らが主張するような太平信金の不法行為に基づく損害賠償金として支払われたものと解することはできない。また、合意に基づき受領した金員が、非課税所得たる損害賠償金に該当するか否かは、当該金員をどのような名目で支払うこととしたのかといった、授受当事者間の合意のみで決せられるものではなく、客観的にみて、当該金員が損害賠償金として評価できるか否かにより決すべきものというべきであるから、たとえ、原告主張のように太平信金が損害賠償金の性質を有するものであることを認めたとしても、そのことから直ちに本件解決金を非課税所得たる損害賠償金として扱わなければならなくなるというものではない。

なお、原告らは、本件解決金の算出方法につき、本件本登記経由当時の三幸商店の太平信金に対する債務が当時の本件土地の価格の二分の一に満たないものであったことから、土地価格の半額相当分を損害とし、平成三年における近隣公示価格に基づいて算出したとする。しかし、本件本登記当時の債務相当額の本件土地価格の移転を前提とすることは、とりもなおさず、代物弁済の効力を前提として、その担保的性格からの精算を意味するものにすぎず、他方、本件土地建物の所有権移転の原因がなかったとすると、亡繁次郎あるいは本件土地所有者であった原告陽一、本件建物所有者であった亡ナツは、土地所有権に対する侵害を受けておらず、しかも、固定資産税及び地代相当額の負担をすることなく本件土地建物を利用してきたことに照らして、そこでの損害は、土地の利用利益ではなく、本件土地の半額に相当する担保価値を利用することができなかった損害ということになるが、かかる損害が当然に現在の不動産価格の二分の一に相当すると認めることはできないのである。そうすると、本件調停による解決の経済実質に照らしても、本件解決金は、本件本登記による本件土地の所有権移転を前提として、その後の交渉経緯を踏まえて、原告らにとっての不動産価値の精算という要素及び太平信金にとっての本件土地の明渡しの確保といった複合的な趣旨によって、太平信金から原告ら関係者へ支払われた金銭というべきである。

原告らは、仮に、本件解決金が損害賠償金の性質を有するものと認められないとしても、不動産の譲渡の対価として、譲渡所得に該当すると主張するが、前記のような本件調停成立までの経緯及び成立した本件調停の「本件土地建物が太平信金の所有であることを確認する」旨の条項の文言に照らし、本件調停により、太平信金に対する不動産の譲渡が行われたものということはできず、本件解決金が本件土地建物等の譲渡の対価として支払われたものとも解することはできない。

なお、原告らは、太平信金において、顧問公認会計士と相談の上、本件解決金について、「不動産の譲受けの対価」として本件支払調書を発行し、亡繁次郎、原告ら及び中村に対し送付していること、亡繁次郎が原告雅敏とともに武蔵野税務署に相談に赴いた際に、担当官が、「調停調書と支払調書を見た限りでは損害賠償金とは認定しかねる。調停成立の時に所有権が確定的に太平信金に移転したということで、譲渡所得になるのではないか。」との見解を示していたことをもって、本件解決金が譲渡所得に該当すると主張するが、証拠(乙第一四、第一五号証、証人佐久間清二)によれば、太平信金は、顧問公認会計士と協議の上、本件解決金が不動産の取得価額に算入でき、太平信金が本件土地を売却する際にその支払った本件解決金を不動産の取得価額として控除できるようにとの考慮から、本件支払調書を発行したものであることが認められるところ、右顧問公認会計士において、本件調停成立に至る経緯を具体的かつ詳細に把握した上で、右のような見解を示したと認めるに足りる証拠はなく、また、仮に、亡繁次郎が原告雅敏とともに武蔵野税務署に相談に赴いた際に、担当官が、「調停調書と支払調書を見た限りでは損害賠償金とは認定しかねる。調停成立の時に所有権が確定的に太平信金に移転したということで、譲渡所得になるのではないか。」との見解を示していたとしても、右担当官の発言として引用されている部分から明らかなように、当該担当官の発言は、本件調停の調書及び本件支払調書のみを見た限りでの見解である旨限定をした上でのものであることが明らかである。

したがって、原告らが指摘する右の各点は、前記判断を左右するものではない。

二  信義則違反、手続上の違法の有無(争点2)について

1  原告らは、被告らが亡繁次郎及び原告らに対する必要な調査を行わず、太平信金に対する反面調査の結果のみに基づき、太平信金の言い分を鵜呑みにして、亡繁次郎及び原告らに対する修正申告のしょうようもすることなく、また、原告陽一が提出した本件確認書を調査することなく、不意打ち的に本件各処分をしたものであり、本件各処分には手続上の違法があると主張する。しかし、証拠(原告陽一、原告雅敏各本人)及び弁論の全趣旨によれば、各税務署の担当者において、亡繁次郎及び原告らに対して、来署依頼や修正申告のしょうようを行ったものの、亡繁次郎及び原告らにおいて、本件解決金は非課税であるとの見解を示して、修正申告のしょうように応じなかったものであることが認められ、また、本件確認書については、それをもって本件解決金の所得区分を左右するものといえないことは前記のとおりであるから、原告らの主張は、その前提を欠くものというべきである。

2  また、原告らは本件各処分が信義則に違反する旨主張するが、租税法規に適合する課税処分について、信義則の法理の適用による違法を考え得るのは、納税者間の平等公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合でなければならず、右特別の事情が存するか否かの判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示し、納税者がその表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したところ、右表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったかどうか、納税者が税務官庁の右表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したことについて納税者の責に帰すべき事由がないかどうか、という点の考慮が不可欠である(最高裁判所昭和六二年一〇月三〇日第三小法廷判決・裁判集民事一五二号九三頁)ところ、原告らが、信義則違反を基礎付ける事実として主張するところをみても、それをもって、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したものということはできず、原告らにおいて、公的見解が表示されたと認識したとしても、それを信頼し、その信頼に基づいて行動したことについて、原告らの責に帰すべき事由がないといい得ないことは明らかというべきであり、信義則違反をいう原告らの主張は失当というべきである。

三  本件各処分の適法性について

以上によれば、本件解決金を一時所得として、前記第二、二、4記載の根拠に基づいてされた本件各処分は適法というべきである。

第四結論

以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 團藤丈士 裁判官 水谷里枝子)

物件目録(一)

一 東京都武蔵野市境南町一丁目一〇〇番八

宅地 六六七・七六平方メートル

二 東京都武蔵野市境南町一丁目一〇〇番地八所在

家屋番号 三一番五

木造瓦葺二階建居宅

床面積 一階 九九・七六平方メートル

二階 一九・〇〇平方メートル

物件目録(二)

一 東京都武蔵野市境南町一丁目一〇〇番地所在

家屋番号 一〇〇番八

木造瓦葺平家建居宅

床面積 三二・二三平方メートル

二 東京都武蔵野市境南町一丁目一〇〇番地八所在

家屋番号 未登記

木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅

床面積 五六・一〇平方メートル

別表一

亡疋田繁次郎(承継人疋田陽一)課税処分等の経緯

<省略>

別表二

疋田陽一 課税処分等の経緯

<省略>

別表三

疋田雅敏 課税処分等の経緯

<省略>

別表四

池田喜代 課税処分等の経緯

<省略>

別表五

上島明子 課税処分等の経緯

<省略>

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